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「社会への投資」とソーシャル・ファイナンス

小林 立明 | 2019.01.16


 年末年始に少し時間が取れたので、以前から気になっていた「社会への投資」(三浦まり編、岩波書店、2018年3月刊)を手に取ってみました。欧州における「社会的投資戦略」を、先進諸国における福祉国家レジームの変容と関連させながら分析した論文集です。

「社会的投資」の定義を巡って

最初にお断りしておきたいのですが、社会的投資研究所では、「社会的投資」を「経済的価値のみならず、社会的価値を追求した投資」と定義し、主としてソーシャル・セクターの事業者(営利、非営利双方を含む)の活動にいかにファイナンスするかという観点から検討します。私は「ソーシャル・ファイナンス」という言葉を基本的に使うようにしていますが、この定義は「ソーシャル・セクター事業者の活動のファイナンス手法」です。このように、私たちの研究所が使っている「社会的投資」や「ソーシャル・ファイナンス」は、かなり実践的な概念です。

しかし、本書「社会への投資」で取り上げられている「社会的投資」の定義は、研究所の定義とは異なります。以下、少し長くなりますが、「社会への投資」での「社会的投資」の定義を説明している部分を引用しておきます。

 社会的投資とは、福祉を「投資」と捉え、①一人ひとりが潜在能力を発揮できる条件を整え、個人がリスク回避する可能性を高め、②社会(とりわけ就労)への参加を促すことで、社会的排除や貧困の解消を目指す。具体的な政策としては、さまざまな困難やケア責任を抱えた人々が就労できるような社会サービス(保育、介護、生活困窮支援など)の提供、教育・訓練を通じた技能形成と適切な評価、すべての人の参加を可能にする多様な就労形態や場の形成、最低所得保障が柱となる。

 社会的投資戦略は新自由主義による福祉改革・削減への対抗戦略として構想された。新自由主義は社会保障を経済成長の足かせとして捉え、福祉削減を断行することで経済成長を達成し、そのあとに成長の恩恵がトリクルダウン(均霑)して各階層に行き渡るとした。しかしながら、徹底的なリスクの個人化、自己責任論の蔓延は格差を広げ、社会の分断を生むだけであった。

 この状況を打開するには、緊縮財政の呪縛から脱し、社会保障の予算を拡大しなくてはならない。すでに社会保障費がかさむなか、さらなる支出を行う余裕はないという批判が出てくるかもしれない。そこで、福祉は「投資」であり、それは「見返り(収益、リターン)」を生むと捉える発想の転換が生まれた。人的資本の強化によって個人の潜在能力が発揮されれば、それは高付加価値を生むことにつながり、活力ある経済をもたらす。こうした経済的な見返りが期待できるのであれば、社会的投資に向けた予算拡大は「浪費」ではないことになる。

要するに、本書が言うところの「社会的投資」とは、貧困・疾病・障害・失業など何らかの問題を抱えている個人に対し、教育、雇用訓練、医療・介護などの様々な領域で人的資本への投資を行うことを指しています。また、本書では、個人だけでなく、貧困や過疎化などの困難を抱えるコミュニティへの投資、さらに社会的関係や社会的基盤への投資も視野に入れた議論を展開しています。

おそらく英語では、「social investment」と同じ表現を使っていても、本書の議論の基礎となっているEU諸国の「社会的投資」政策と、英米を発祥とする「社会的投資」政策の内実は微妙に異なるのでしょう。大陸EU諸国が、社会福祉領域における公的給付を中心に議論しているのに対し、アングロ・サクソン諸国は、社会福祉領域への民間資金の活用を中心に議論していると言い換えてもよいかと思います。さらに、アングロ・サクソン諸国が、「社会的インパクト投資」として、社会福祉、環境、教育、雇用・職業訓練、医療などの領域におけるベンチャー企業への投資を強調する点も、大陸EU諸国とは異なります。同じ「社会的投資」という言葉を使いながら、EU系の議論とアングロ・サクソン系の議論では対象、手法、目的などが異なる点に留意しないと議論が混乱することになります。私自身は、英国・米国系の議論を中心にフォローしてきたので、EU諸国の「社会的投資」政策について、本書から学ぶ点が多々ありました。

「社会的投資政策」登場の背景

また、本書は、EU型の「社会的投資」政策の発展の背景も、非常に簡潔に要約してくれています。すなわち、1990年代以前の福祉国家が想定していた「古い社会的リスク」に代わり、1990年代以降は「新しい社会的リスク」が登場したため、従来の「20世紀型福祉国家(ケインズ主義パラダイム)」や、この対案として1980年代に英国サッチャー政権・米国レーガン政権が打ち出した「新自由主義パラダイム」に代わる新たな「21世紀型福祉国家」として「社会的投資戦略」が誕生したという議論です。

ここで、「古い社会的リスク」とは、「失業や老齢、病気、怪我といった正規雇用を中心とした完全雇用と男性稼ぎ主モデルの家族を前提とした20世紀の工業化時代にあらわれる世帯主の所得の喪失というリスク」を指します。これに対し、本書が提起する「新しい社会的リスク」とは、「非正規雇用を中心とした不完全雇用と共稼ぎモデルの家族を前提とした21世紀の脱工業化時代にあらわれる個々人の所得の喪失とケアの危機というリスク」とされます。

確かに、このような形で提起された「新しい社会的リスク」は現代日本に生きる私たちにも生活実感として納得できます。シングル・ペアレント、ワーキング・プア、介護離職、下流老人などの言葉が日常的に流通していますし、これに対して現在の社会福祉制度が十分に対応しきれていないことも否定できないでしょう。

本書は、このような基本的な枠組みに立って、日本、韓国、英国、欧州諸国などの先進諸国の事例を比較分析し、さらに「社会的投資戦略」がもたらす成果だけでなく、負の側面にも切り込んでいきます。詳細については、実際に本書を紐解いていただければと思いますが、実証的なデータに裏付けられた説得的な議論が展開されています。

「社会的投資政策」の展開に向けて

その上で、本書は、「社会的投資政策」をより実効性のあるものとするために、単に個人を「労働市場に戻す」だけでなく、雇用の質を高め、インフォーマルな負担となっているケアを価値化し、これを支えるためのコミュニティと社会的つながりの強化を呼びかけます。さらに、貧困の世代間連鎖を止めるための「子供のセーフティネット」の確保や、社会的投資対象の高齢者や障がい者などへの拡大も提唱しています。これらを通じて、社会における「人財」の向上と社会的蓄積が進むことで、21世紀型の新たな社会的リスクに立ち向かっていこうというのが本書の主張だと理解しました。

私自身、現代日本の「社会的課題の解決」に向けた「社会的投資」をめぐる議論に、困難を抱える貧困家庭や障がい者などの社会的排除層への視点が抜けていることに違和感を覚えていたため、本書の議論は非常に参考になりました。だからと言って、アングロ・サクソン系のスケールアップ志向の「社会的インパクト投資」論を頭から否定する必要はないと思います。多様な社会的課題に取り組む上で、ネガティブな副次効果をコントロールしながら民間資金を活用することは十分に可能です。ポイントは、市場と民間企業だけに委ねず、民間投資が社会全体の福利厚生の向上に資するような制度設計をいかに進めていくかということでしょう。このような視点からの議論を提起している点でも、本書は重要だと思います。本書の執筆陣が核となって、日本でも「社会的投資」政策をめぐる議論が活発化することを期待します。

執筆:小林立明(研究員)

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