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ソーシャル・インパクト・ボンドの現在—-グローバルに拡大する市場とエコシステム—-

小林 立明 | 2019.02.15


2019年2月13日(水)、第四回インパクト・サロン「ソーシャル・インパクト・ボンドの現在ーーーグローバルに拡大する市場とエコシステムーーー」を開催しました。講師は、多摩大学社会的投資研究所の小林研究員と、日本におけるソーシャル・インパクト・ボンド導入を牽引してきたケイスリー株式会社の幸地代表取締役です。以下、簡単に概要を紹介しておきます。

ソーシャル・インパクト・ボンドのグローバルな発展

2010年、英国のピーターバラ刑務所でパイロット・プロジェクトが開始されてから約10年。この間、ソーシャル・インパクト・ボンド(SIB)は、英国、米国を中心に世界各国に普及し、2019年1月現在では、全世界24カ国130件が組成されるまでに発展しました。これにより調達された資金額は4億2400万ドル、プログラム受益者は106万人となっています。

また、SIBの対象領域も拡大しました。当初、SIBは、再犯・非行防止や薬物中毒者の社会復帰などの予防的介入の領域を中心としていました。予防的介入を通じた社会的コストの削減を民間資金がリスクをとって行うという基本的な枠組みは、その後の発展でも維持されていますが、実際のプログラムの対象領域は以下のように拡大しています。

  • 雇用・職業訓練:移民・難民、帰還兵、貧困層等
  • 犯罪予防:再犯防止、受刑者の社会復帰等
  • ホームレス:ホームレスの定住支援
  • 教育:貧困子弟向け早期教育、特別養護教育等
  • 保健・医療:終末期医療、在宅医療、老人介護・医療等
  • 子供・青少年:虐待・放置予防、非行・家出予防、養子縁組等
  • その他:開発途上国における最貧困層世帯支援、環境

また、一件あたりの契約規模も拡大しており、現在では、1000万ドル(約11億円)の案件が10件以上あり、最大規模の案件は2500万ドル(約27.5億円)となっています。こうした規模の拡大により、今後、主流金融機関の参入が加速することが予想されます。すでに、ゴールドマンサックスやドイツ銀行などが参加しています。

革新的な動向

また、SIBの発展型となる新たなモデルも開発されています。例えば、以下のようなモデルです。

  • 開発インパクト・ボンド(DIB)
    • 開発協力分野における成果連動型支払い提供枠組み。インドの女子就学率向上のためのパイロット事業が成功裏に終了したことから、様々な取り組みが開始されている。
    • 例えば、Village Enterpriseは、アフリカの約14000の最貧困層世帯に対するマイクロビジネス立ち上げ支援事業のために、約528万ドルのDIBを立ち上げた。
  • 環境インパクト・ボンド(EIB)
    • 環境保護や災害予防分野における成果連動型支払い提供枠組み。米国のDC水道局が洪水発生率削減のために立ち上げた環境インパクト・ボンドが、2500万ドルの資金を調達したことで脚光を浴びた。
    • 現在では、森林保護や土壌汚染の回復など、多様な領域で環境インパクト・ボンドの導入が進められている。
  • スマートSIB
    • ブロックチェーン技術を活用したSIB。スマート・コントラクト機能を持ったエセリウムを使い、既存のSIB案件を証券化して発行するという形をとる。保有者は、最新の成果情報や支払い予定額をリアルタイムで確認することができ、第三者への譲渡も可能である。
    • 2018年2月に韓国のパン・インパクト・コリアが世界初のスマートSIBを発行

SIBの発展を支えるエコシステム

では、SIBの発展を支えるエコシステムとして、どのようなものが考えられるでしょうか。

まずはプレーヤーの育成が重要です。SIBを組成する「仲介組織」、事業を担う「ソーシャル・セクター事業者」、成果連動型の支払いを行う「最終資金提供者」、前渡資金を提供する「民間投資家」、さらにSIBに不可欠な複雑な契約締結を支援する法律事務所や、RCTを中心とした厳格な評価を行う第三者評価機関、新たな領域のSIB組成を担うコンサルタント機関などの「専門機関」などが不可欠です。

さらに、こうしたプレーヤーの活動を支えるものとして、資金提供を支える専門ファンドや税制優遇などの諸制度、SIBが円滑に進められるための法整備や条例整備、プログラム化が求められます。また、SIB普及のためには、マニュアル・契約雛形の策定や評価手法の標準化も必要です。特に、成果連動型支払いの算定を簡便化するという観点からは、レート・カードと呼ばれる支払い単価システムの導入が不可欠です。最後に、SIBの発展のためには、様々な領域での組成の基礎となるエビデンスの蓄積、および案件開発・技術革新を担う調査研究機関や中間支援組織の整備も重要です。

英国政府は、SIBの最終資金提供を担うライフ・チャンス・ファンドを設立し、さらにSIBなどの社会的投資を促進するための社会的投資税控除(SITR)制度を導入するなど、積極的にエコシステムの整備に努めてきました。休眠預金を原資とするビッグ・ソサエティ・キャピタルも、仲介組織のSIB組成を後押ししてきましたし、英国宝くじ基金も同様の支援を行なっています。

また、米国では、「社会的インパクト・パートナーシップ法(SIPPRA)」が成立し、今後、10年間で連邦政府予算から1億ドルを支出することが決まりました。このうち、1000万ドルはフィジビリティ・スタディに充当され、またプロジェクト評価予算も総経費の15パーセントを上限に認められるなど、資金面での支援体制が整いました。また、省庁横断的な推進機構として「社会的インパクト・パートナーシップ協議会」が設置され、さらに上下両院議員による「社会的パートナーシップ委員会」が進捗状況をレビューし、必要に応じて勧告を行う体制が整備されました。これにより、今後、米国でも、連邦政府の様々な領域において、SIBが発展していくことが予想されます。

日本におけるSIBの発展

日本でも、2015年度の経済産業省におけるパイロット事業の開始後、厚生労働省、総務省、法務省、国土交通省などでパイロット事業が進められています。また、内閣官房において、地方創生にSIBを活用できないかという検討も進められています。日本政府が2018年6月に閣議決定した「未来投資戦略2018」においても、「成果連動型民間委託契約方式の普及促進」という形で政策の方向性が示されており、今後は日本国内でもSIBが発展していくことが期待されます。

日本のSIBの具体例としては、広島県・八王子市の大腸ガン検診受診率向上、神戸市の糖尿病性腎症重病化予防などがあり、それぞれ成果を上げています。主な事業領域は、医療、子供・家族分野ですが、特に関心が高いのは医療や介護領域となっています。また、広島県の事例では、県と市町村が協力して広域連携モデルを構築しており、規模拡大も進められています。

2019年度からは、休眠預金資金の活用も本格化します。この資金がSIBにも使用されれば、日本のSIBの発展につながることが期待されます。また、ケイスリー株式会社が、英国のAlice SI Ltd.と提携して推進しているブロックチェーン技術を活用したスマート・インパクト・ボンド事業が本格化すれば、日本でもスマート・インパクト・ボンドを通じて一般の人たちがより手軽にSIBに資金を投じることができるようになる可能性もあります。

日本におけるSIBエコシステムの整備に向けて

最後に、フロアを巻き込んだ形で、日本におけるSIBの発展を支えるエコシステムの整備について議論しました。上に述べたように、日本政府は未来投資戦略にSIBを位置づけており、休眠預金資金の活用も視野に入ってきているため、日本でもSIBのエコシステム整備に向けた機運は高まっていると言えます。これをさらに加速させるためには、以下の諸点が重要になるのではないかとの意見が出されました。

  • 資金提供:税制優遇、アウトカムファンド設立等
  • 標準化:マニュアル・契約雛形の整備、レート・カード開発等
  • 制度化:PFI法のような形での法整備
  • 基盤整備:エビデンスの蓄積、テクノロジーの活用

また、何よりもSIBの発展のためには、インセンティブの設計が必要だという意見が印象的でした。現在の予算制度では、SIBを活用して公的支出を節減しても、その節減分の予算が減らされるだけで、自治体にとってのメリットはありません。節減部分を自治体が、自身の裁量によって活用できるようになって初めて、SIB導入に向けた機運が高まります。

予算的な制約のために、多様な社会課題への取り組みを先送りし、結果的に社会的コストが増大するという悪循環を断ち切り、民間資金を活用して予防的介入を行うことで社会的コストを節減し、これにより生まれた余裕資金を未来への投資に振り向ける・・・。このよう形でSIBが積極的に活用されることが現在の日本社会に求められます。